東京家庭裁判所 昭和44年(家)2264号 審判 1969年5月22日
申立人 中野治郎(仮名)
相手方 松村洋子(仮名)
事件本人 松村友子(仮名) 昭三二・三・二九生
外二名
主文
本件親権変更の申立を却下する。
相手方は、すくなくとも年二回、一回は夏期休暇中の一週間ないし二週間を申立人の住所において、一回は東京において一日、申立人が指定し、相手方が同意した日時に、相手方の指定する場所において事件本人らを申立人と面接させること。
申立人と相手方は申立人と事件本人らとの面接について、当庁調査官藤本和男の援助を受けることができる。
理由
一、本件申立の要旨
申立人と相手方は昭和四二年八月二九日協議離婚の届出をし、その際、事件本人らの親権者を相手方と定めた。しかし、元来相手方は性格的に派手で物事に計画性がないので事件本人らの親権者として不適格であり、申立人も協議離婚後、若干の貯えもでき勤務地において住居が与えられたので申立人が事件本人らを引取り、親権者を申立人に変更するのが相当であると思われるので事件本人らの親権者の変更を求め、親権変更が認められないときは事件本人らとの面接についてのとりきめを求める。
二、本件事件の経緯
申立人の申立にかかる昭和四三年六四六二ないし六四六四号親権者変更調停申立事件につき、当裁判所調停委員会は二回調停を試みたが、合意に達する見込がないので、昭和四四年三月三日調停を終了し、本件は同日審判手続に移行した。
三、当裁判所の判断
(一) 親権変更について
(1) 本件記録添付の戸籍謄本抄本各一通、当裁判所調査官藤本和男の昭和四四年二月二八日付、同年三月一七日付、および宮崎家庭裁判所延岡支部調査官田熊一之助の昭和四四年二月二七日付、各調査報告書、申立人、相手方および参考人梅本エミに対する各審問の結果ならびに昭和四四年(家)第二二五九ないし二二六一号扶養審判事件記録を総合すると次の事実が認められる。
申立人と相手方は昭和三一年一月に結婚し、その間に事件本人ら三子が出生した。しかし、申立人と相手方は性格が合わず相手方は申立人が家庭生活に無関心であると判断して申立人に離婚を申し入れて、昭和四〇年一一月に申立人と離婚についての覚書を取り交して別居生活に入り、昭和四二年八月二九日正式に離婚届出がなされた。右覚書において事件本人らは相手方が引取り養育することに定められたのでその後は相手方が養育しており離婚届出にも親権者を相手方としたものである。当時申立人としてはいつかは相手方が思い直して自分の許に帰つてくるだろうと考えて別居、離婚に合意したものだが昭和四三年四月四日に事件本人らが宮崎家庭裁判所延岡支部に申立人に対する扶養請求の調停を求めたのを契機として相手方との復縁の可能性がないことを悟り、改めて事件本人らに対して扶養料を支払うくらいなら事件本人らを引取つて養育する旨主張しはじめたのである。同裁判所は同年九月四日に右調停事件を当裁判所に移送する旨の審判をなし、右調停事件は当庁昭和四三年(家)イ第五四九二ないし五四九四号扶養調停事件として当庁に係属した。同年一一月二二日当裁判所において右事件の調停中申立人と相手方間にいつたん事件本人ら三名の親権者を申立人に変更し、昭和四四年三月末に事件本人らを申立人に引渡すという合意が成立し、申立人は事件本人らの親権者を相手方より申立人に変更する旨の本件申立を当裁判所にしたものである。
なお、離婚の当時申立人は離婚には反対し、前記覚書を取り交したときも相手方がいつかは思い直して帰つてくるだろうと思いつつ事件本人らを相手方に引渡し、更に親権者も相手方にしたもので、現在にいたるも申立人は離婚の責任は相手方にあることを強く責めながら、しかも相手方の復縁を期待する気持を失つていない。申立人は現在宮崎県○○協同組合連合会に勤務し、勤務先において住居が与えられており独身で生活していて月収は手取り(賞与、臨時給与も含めて)平均約五万六、〇〇〇円になり、資産はないが若干の貯金もでき一応生活が安定してきた。申立人は最近宮崎市に転勤しようとしており、宮崎市に転勤の後住宅は支給されることになつている。
また、申立人は相手方との別居中および離婚後も、昭和四〇年一一月一日付覚書において、相手方が事件本人らを引取り養育費は一切相手方の負担とする旨約したことを根拠に一切事件本人らの養育費を支払わず、もつぱら相手方において養育費を負担していた。もつとも、申立人は別件の前記調停が係属した後昭和四三年一一月は三万円、一二月から昭和四四年二月まで、一万七、〇〇〇円一回、一万五、〇〇〇円ずつ二回を相手方宛に送金しているが、申立人は事件本人らの引取が実現しないときは、今後の養育費は払いたくないと考えている。一方相手方は別居後、しばらくして事件本人らとともに上京し、東京都○○○区○○○○○○にある独立家屋を借りて居住し、右家屋には一階二間、二階二間の計四間を使用している。相手方の月収はピアノ講師、ピアノの個人教授その他のアルバイトによる約六万四、〇〇〇円であり、支出としては家賃二万五、〇〇〇円、その他は生活費として使つている。相手方は事件本人らの教育に熱心であつて、事件本人らは学校、家庭においてよく躾けがなされており、欠損家庭にみられる性格の歪みはなく明るく健全に成長している。申立人のものにこだわる性格に対し、相手方はのびやかな性格で、申立人と復縁をする気持はなく、現在の生活に一応の落着きを見出している。
相手方が一時、事件本人らの監護を申立人に委せることに同意したのは相手方が将来の生活の不安から一時的に気持が迷つただけで、今後は何としても相手方の手で子供を育てたいと考えている。
事件本人らは一応現在の環境に適応し、申立人が引取ることになつた時点で多少動揺したものの申立人と事件本人との間には手紙のやりとりもあり、父子との自然な愛情の交流が保たれている。
以上の事実が認められる。
(2) 右認定事実その他諸般の事情を総合して本件申立の当否について考える。
離婚に至つた原因につき当事者のどちらに責任があつたかは親権の決定において元来関係のない問題であり、親権者の変更は子供の利益、福祉のため必要がある場合に限り認められるものである。この観点からみると事件本人らは現在相手方の努力により一応その家庭あるいは学校などの環境に融和し、平穏な生活を送つているものであり、したがつて、現状を動かして、事件本人らの親権を変更するためには、現状におくことが事件本人らの福祉に害のあること、あるいは、申立人が監護するほうが相手方が監護するよりもよい条件のととのつていることが必要と考えられる。ところが、申立人の主張する相手方が親権者として不適格であるということを認めるに足る資料はないし、むしろ前掲証拠によると母親として事件本人らを養育していく意思と能力は十分備えていると認められる。一方申立人において事件本人らの生育環境として現状よりもよい条件を用意することができるかについて、すくなくとも現在はこれを認めることのできる証拠はないし、事件本人らが現在の一応安定した環境をかえて、宮崎に移り申立人と暮すことが果たして事件本人らの幸福といえるかどうか、疑問とせざるを得ない。申立人、相手方とも事件本人らを養育していく上に経済的に安定しているとはいいがたいが、申立人が相手方に対し事件本人らの養育費の一部を分担するならば相手方において、ピアノ教師等の収入により十分事件本人らを養育できる状態にある。
以上一切の事情を考慮すると、事件本人らを現在の環境から移し、親権者を申立人に変更しなければならない必要を認めることができない。然るときは本件親権変更の申立は理由がないといわざるを得ない。
(二) 面接交渉権について
ところで、申立人は事件本人らの親権者として子供達を引取ることができないときは子との面接を認めて欲しい旨求めている。この申立は、申立人が、家事審判法九条乙類七号の親権者変更申立とあわせて、同条乙類四号の子の監護に関する処分を申立てているものと解され、実定法的に親権者でない親の子との面接交渉が乙類四号の規定する子の監護に関する処分の審判の対象になることは、当庁の先例(東京家裁昭和三九年一二月一四日審判、家裁月報一七巻四号五五頁)に照しても明らかなところである。
そこで判断すると、前記認定の事実によると、申立人と事件本人との間には父親と子として自然の愛情の交流が保たれていることが認められる。親権者でない親は子との面接交渉権を親として当然有するばかりでなく、父の子との面接を通じて今後も保つことができる父親と子との愛情の交流は未成年者の人格の円満な発達にとつて必要なことと考えられる。相手方は申立人の子との面接について拒否的ではないけれども、申立人と相手方との間には離婚以来の心理的なわだがまりが尾をひいているので、別件(当庁昭和四四年(家)第二二五九~二二六一号養育費用申立事件)において当裁判所が申立人に支払を命じた事件本人それぞれに対し毎月五、〇〇〇円合計一万五、〇〇〇円の養育料の支払との関係で、ふたたび当事者間の感情が緊張することも十分予測できるところであり、そのようなことになつては、かえつて今まで明るく育つてきた事件本人らが、父母間の感情の渦中に巻き込まれ傷つけられるおそれがある。
そこで、別件において申立人の事件本人らの養育料の支払義務を命じ、反面本件において申立人の子との面接交渉権を明確にしておくことが相当であると考える。
つぎに面接交渉の具体的方法としては、申立人は前記認定のとおり宮崎県に居住し、しばしば上京することは職業上困難であるので、年一回、夏期休暇には申立人が旅費を送つて事件本人らを申立人方に呼寄せ、一週間ないし二週間、事件本人らの学校行事に差支えない範囲で申立人と過ごすこと、および申立人は本人審問においてすくなくとも年一回上京の機会があると述べているので、その折には申立人より 相手方に通知し、相手方は事件本人らの学業に差支えない時間と場所を定めて申立人の事件本人らとの面接に協力するのが相当であろう。なお、その具体的協議については当事者双方が家庭裁判所調査官の助言、指導、援助を求めることができるものである。
(三) 以上の次第であるから申立人の親権変更申立はこれを失当として却下し、面接交渉の申立については相当としてこれを認容し、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野田愛子)